高瀬川舟まつり
舟まつりは、江戸時代に豪商角倉了以が開削し京都~伏見間の重要な物資輸送路となった高瀬川を、
より多くの人に知ってもらおうと、高瀬舟の復元を機に、1991年から行われ今年で20回にます。
なお、「高瀬舟」で知られる「一之船入」とは、高瀬川の水運の起点辺りを言います。 (説明文はe-kyotoとより)



舞妓さんは近くにある先斗町のお二人が来られ野点の接待もされました。







高瀬川も以前はもう少し水量があり鴨の親子連れが遊んでいましたが!





ありがとう御座いました。

by hirok41 | 2009-09-24 16:11 | 京 行事 | Trackback | Comments(6)
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Commented by 8d50 at 2009-09-25 00:02
お久しぶりです。
以前、高瀬川のこのあたりはちょくちょく来てましたが舟まつりは知りませんでした。
清流というか水路というか、そういうのが街を巡っていたらとてもいいですよね。
きれいな水の量が増えれば鴨の親子も戻ってくるのでしょうか。
Commented by biwakokayo4 at 2009-09-25 12:41
最後の写真、何を笑っていらっしゃるのでしょうね。
見ているこちらにも笑が伝染してきます。
川の水量が少ないのが残念ですね。
何とかもう少し水量を増やすことができて
観光船でもできたら面白いのに…。
Commented by hirok41 at 2009-09-25 18:08
8d50さん こちらこそご無沙汰しています。ありがとう御座います。
今回で20回なのですが、私も初めて撮りに出掛けました。1枚目をご覧になると判る様に舟はこの場所に何時も置かれています。
本当に清流に浮かんでいれば情緒はあるのですが。舞妓さんは近くにある先斗町の皆さんで
抹茶の接待を主にされ2回だけ撮影する時間が用意されていました。
昔は深さもあり物資輸送路として日根が行き来していたのでしょう。
情緒があったでしょうね!
Commented by hirok41 at 2009-09-25 18:23
kayoさん ありがとう御座います。
撮影会が終わって舟から下り川岸の通路を歩いて居た時、カメラマンに声を掛けられつい笑いが出てしまったと言う所でした。
「水が少ない。」そうなんですよ。高瀬川と言えばご存じと思いますが、木屋町通りを二条から五条まで流れています。
35年前はもう少し水量があり鴨の親子連れが遊んでいましたが、
安全上からか美化の為か敷石が惹かれ水量も少なくなってしまいました。
こんな街中で屋形船でも乗れたら観光客で大賑わいと思いますよ!
Commented by hirosi906 at 2009-09-27 20:44
こんな祭り在ったんですね。
昔は、船が通ってたんですね。
最後の舞妓さん、こちらにお辞儀して貰ってるようで恐縮です(笑)
面白い画像です。
Commented by hirok41 at 2009-09-28 18:18
hirosi906さん ありがとう御座います。
大阪は八百屋橋と言われる程、川も多く舟が今なお交通手段として使われていますが、
残念ながら京都ではその面影しか見られません。
特にこの高瀬川は市中を南北に流れる河川だっただけに重要な物資輸送路として使われたようです。
他にも琵琶湖から流れる疎水も重要な飲料水と運搬路としても活かされていましたね。
私も初めて撮影に行ったのですが、1枚目の画像でお判りの様に流れに浮かぶ舟ではないですから余り感じが出ないですね。
2人の舞妓さん、頑張って笑顔を見せてくれました。
hirosiさん、楽しみにしていたのにお邪魔出来ず本当に申し訳御座いません。
残念でなりません。
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